

何年も前からの彼の夢が実現した。陽射しの心地いい縁側でページをめくる。なんて穏やかないい日なんだろう。よっかたとしみじみ思う。彼のメッセージは短いだけに心を打った。
P94 「泥酔の夜」は十数年前の私と碓井さんの実話。
今でも震えるような記憶が蘇ります。
ありがとうございました。
こちらこそ、いつもありがとう。
そろそろ、今年の反省会しないとね。
ご都合がついたらメールくださいねー。
先日はお出かけ予定のところ、ありがとうございました。
実は、まだ読んでいませんが日曜にゆっくりと楽しむつもりです。
こんなにも本を開くのにドキドキする感触は久しぶりです。
PS
りんご、美味しゅうございました。。
先日は自宅まで来ていただき申し訳ございませんでした。あれから畑に行って暗くなるまで里芋を掘ってましたよ。
りんご、大丈夫だったのかなぁ?時々スカが混じっているので心配でした。
奥様はかわいらしい感じで好印象。さりげなく車から降りて挨拶するなんて・・・さすがホリさんって思いましたよ。また、寄ってくださいね。
早速読ませていただきました。
優しいことば、文章に思わず
引き込まれました。
いいですね、巷で流行っている
フレーズではなく自身の
ことばを持てるって・・・。
そうですね。
感受性っていうの+書く人はいつも言葉を探しているのかもしれません。少しでも近づけるようにもっと遊びましょうねぇ。(ちょっと違うかな?)
少しだけ連載の第一話。
昭和63年。平成に移り行く時代。
当時、中川川上流はキャンプ場などなく西丹沢自然教室から上はガタガタの道だった。
磯崎さん(以降おにいちゃん)がキャンプ場を作り始めた。カナダから丸太を取り寄せ、丸太の皮むきから作業は始まった。
私は会社を終えて金曜の夜に泊まりに行き月曜の朝に山から出勤する日々を約5年間も続けた。
夜はバスを改造した中で寝る。今でさえ夜に車が通る事が普通なのだが、当時は車が通り過ぎる事さえ不安になる程。金曜の夜と日曜の夜はおにいちゃんの為に泊まっていたようなものかもしれない。親でさえ「こんな場所では一人じゃ」といい、「朝、帰っておいで」というくらいだった。
そんな日々の中で丸太を組んでいる最中に出会ったのが碓井さんだった。
彼が初めて訪れた時は私がいない平日だったらしい。「こんな自然な場所にキャンプ場?」と彼はおにいちゃんにつっかかったらしく・・・今でも喧嘩から始まった仲だと二人は笑う。
「のりちゃん、今度一緒に行かない?」焚き火の向こうで彼は誘った。
以来、何回、彼と川の支流に行ったのだろう。
大滝沢、板子屋沢、手沢、モロクボ、火打ち沢、玄倉川は数知れず、自転車が通れる時代の世附川では車二台で出かけ、世附入り口に一台置いて、御殿場から明神峠まで車で行って、一の沢、二の沢・・・すべての支流を写真に撮って自転車で駆け下りる。そして車の回収へ明神へ。いったい私達は・・・
つづく
Posted by: kudou : 2004年11月26日 22:57釣りをしていると時々彼は消えてしまう。
「どこ行ってたの?」「気になる堰堤があってね」
帰り道で理由を聞くと、自然に対する人間の暴挙が気にくわないようだ。
「のりちゃん、堰堤には必ずと言っていいほど[昭和××年竣工]とか書いてあるでしょ、あれを写しているんだよ」
「そんなもん、どうすんの?」「今はなにもできないけどね・・・」
普段、たった1mの幅の川に何百万の金をかけて堰堤を作り、、、一回の豪雨で埋まる堰堤。バカげた話だ。
二人で行った犬越路から入った東沢に通じる林道から見る景色なんて最悪だ。
まるでガリバーの為に階段でも作ったように数十mごとに堰堤があるのだ。
魚だけを追いかけていた日々。そんな中で自然とそのあり方を考えていた彼。
今のままの自然を次代に残す、そんな当たり前の想いは彼の中から育っていったような気がする。
「のりちゃん、今度さぁ〜西山さんに来てもらうから一緒に山女魚の卵放流しない?」
「西山って?あのテレビに出てるフィッシングキャスターの西山徹?」
「そうだよ!」
中川川。西山さんに会う。「えっ!手を消毒するんですか?」なんてまるで子供のように無邪気で楽しい方だった。
キャッチ&塩焼きから奥深く入った渓での魚の存在が嬉しく感じるようになったのは、きっと彼のおかげだろうと思うのだ。
つづく?
kudouさんの文も沁みますね!
丹沢物語、完読させていただきました。その時々の渓流の様子が頭の中にすぐ描くことができます。とても素晴らしい一冊に出会えたような気分です。
ところで、西山さんとお逢いしたことがあるんですか?羨まし過ぎです!今度僕にも・・・・・・ なんてお話出来る日は、もう来ないんですね、寂しいです。
僕は西山さんの本で育った(?)釣り師の一人ですから!
ありがとうございました。
「丹沢物語」を読んで頂いただけでも嬉しいです。
西山さんとはお会い出来たのは一時でしたのでなんとも・・・でも素敵な方でしたよ!
テレビで拝見するより小柄でした。
亡くなった時はさすがにショックでした。
子供のようにはしゃいだり嬉しがったりする時間ってなかなかないものですね。
「楽しい」って時間の中でいつも過ごしたいです。
忘れた頃に電話がかかってくる。そんな人だ。
「今度の日曜日はどう?」「何処?」「気になるところだよ」といつもこんな感じ。
電話の回数が減って、遊ぶ回数が減っても、いつも同じ想いを持っていられるから不思議な感じ。
しばらく会っていない頃、「碓井くん結婚したってよ!」とおにぃちゃんから聞いた。
そして奥さんとの出会いはキャンプ場で。
「のりちゃ〜ん」と川原で遠くから呼ぶのは彼に決まっている。
松葉杖ついて奥さんに肩かりて・・・二人を見つけた瞬間、竿を放り出して駆け寄った。
怪我の事など忘れて、初めて夫婦として会う二人に「おめでとう」って言った。
「足、折っちゃって!」「そんなもんすぐ治るよ、おめでとう」
「なんにも出来なくてさぁ〜、毎日病室にいたんだ。」
突然の彼の訪問は悲しみを超えた話から始まった。
「帰っても誰も居ないなら、しばらく泊まっていきなよ」と母は言う。
「じゃぁ、今日はそうさせてもらっていいですか?」
今年5月の事だった。
私へ、いつか本を出したいって言っていたのは10年も前の渓での話。
そして出版が決まったのは去年の暮れのようだ。
もちろん、一番喜んだのは病床の奥さんだ。
「約束だったんだ」
20年も友達でいてから結婚して・・・たった数年。
教師だった彼女の葬儀はものすごい人だったと聞いた。
約束だよ!
「生きましょ!」